パリを象徴する建造物「エトワール凱旋門」に登ってきた

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エトワール凱旋門(エトワールがいせんもん) 
仏語:Arc de triomphe de l’Etoile 

エトワール凱旋門の高さ:49.54m 
エトワール凱旋門の横幅:44.82m 
エトワール凱旋門の縦幅:22.21m 
中央アーチの高さ   :36.60m 
中央アーチの幅    :14.60m 

所在地:フランス・パリのシャンゼリゼ通りの西端、 
    シャルル・ド・ゴール広場 
住 所:Place Charles de Gaulle, 75008 Paris
 

 

エ ッフェル塔に次いで、 
パリを象徴的する建造物。 
それが「エトワール凱旋門」。 

凱旋門といっても色々あるけれど、 
えっ? 他にあるの? という人がいるくらい 
一番有名なのが、このエトワール凱旋門です。 
日本では単純に凱旋門でも問題なし。 

 

管理人も登ってきたぜ~と、この前書きましたが → ロンドン&パリ旅行 其の三 
歴史を知らなくても大丈夫ぃ! 
建造物としてもみごたえ十分だからね。 
ホント観て良し、登って良しです。 

ちなみにエトワール凱旋門の名前の由来は 
上空からみたときに凱旋門を中心に12本の通りが放射状に延びていて、 
その形が光り輝く「星=エトワール」のように見えることから名付けられました。 
(凱旋門の屋上からの夜景はオススメ!) 

 
エトワール凱旋門を上空からみたところ 

↓以下、管理人が撮影 
 

 

 
螺旋階段で屋上へ(有料) 

 

 
エッフェル塔も見えます 登って正解☆ 

 

凱 旋門とは戦勝記念碑のこと。 

ナポレオン・ボナパルト率いる 
フランス軍の勝利(アウステルリッツの戦い)を記念し、 
戦争に勝ったどー! 
というお祝いにナポレオンが作らせたものなんです。 

1806年に建設が始まり、完成は1836年。 
30年もかかっているわけだけど、それにはやはり理由がある。 
そのわけは、ナポレオンが命じたにもかかわらず、 
ナポレオンは凱旋門の建造中に退位に追い込まれて、 
セントヘレナ島に幽閉され死去したからです。 

作り始めたけれど、 
島流しになったナポレオンが命じたものだからね、、、 

「作る必要なんかない!」 
「どーするよ~ これ」 

という手付かずの時期が何年も続いたわけです。 
それでも、やっぱり完成させよう!ということになったのは 
民衆にとってのナポレオンは忘れることの出来ない英雄だからなんだろう。 
(独裁者と言う人も少なくないらしいけど…) 

結局、棺の中ではあるけれど、 
ナポレオンがこの門をくぐったのは 
1840年にフランスに返還された時のこと。 
(死去してから19年後) 

皇帝の静かな帰還です。 

 

 

そ して、忘れちゃいけないのが、 
凱旋門の真下にある「無名兵士の墓」の存在。 

これは第一次世界大戦で戦死した150万人のフランス兵士を弔うために、 
戦死した兵士の中から一人の兵士を選び収めた墓です。 

誰なのか名前もわからない一人の兵士 

この無名兵士をモチーフに映画がつくれそうだ。 

第一次世界大戦での活躍ぶりを知られることもなく、 
恋人の元に帰ることなく散っていった一人の男の話。 

ラストは恋人が「無名兵士の墓」に花束を捧げるシーン。 

実はその恋人の彼氏こそが無名兵士の墓の人物であった。 
でも、彼女はその事実を知らない、、、 それは誰も知ることのない事実、、、 
てなストーリー(稚拙で失礼) 

そんなことを考えていたんですが、、、 

 

こんな管理人でも 
「無名兵士の墓」であることの意味に 
ハッ!っと気付きました。 

戦争で活躍した兵士でなく、 
名前もわからない一人の兵士を選んだ理由、、、 

そうか、 
戦死して故郷に帰れなかった男たちがいる。 
ということは、多くの残された家族や恋人がいるわけだ。 

無名兵士の墓にすることによって、 
「もしかしたら、この兵士は私の主人なのかも、、、」 
「もしかしたら、この兵士は私の最愛の人なのかも、、、」 
「もしかしたら、この兵士は私の兄なのかも、、、」と 

その帰りを待っていた誰しもの想いが投影しやすいように 
名前もわからない一人の兵士の墓にしてくれたんだなぁ。 
とね。たぶん。 

 

誰かわからないからこそ 
誰もが想える。 

フランス。いい国です。 

 


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